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いじわる
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なにをみる
ある対象を見ていて
自分はそのどの部分を見ているのだろうと思い、ここにまとめてみることにした

◆姪と同じくらい、もしくはもう少し大きめの子ども
→走り方。一、二歳くらいの子どもの走り方はとてもかわゆい。お母さんの元へ走って行くのがかわゆい。
→子を見る親の表情を見て、羨む。

◆ひとりでいるちょっとおしゃれな男の人
→この人には恋人はいるのだろうか、そして恋人に対してどのような表情をするのだろうか、と想像する。ちょっとした変質者ではないかと思う。(その男性がではなく自分が)
→自分にありかなしかを問うと同時に何を以てしてありなしとしたか、外見の影響の大きさと、自分の心の狭さに落胆する。

◆20代~30代のスーツ姿の人(男性も女性も)
→スーツは学生時代の制服のようなものなので、その限定されたイメージの中で個々が主張する個性を見つけて感動する。
→ちょっとお尻の大きめな女性のピチピチになったスカート、更に中心がずれていると(後ろのスリット)いつも目がいっている事に気付いた。お尻も顔と同様に個性があるのだ。

◆品のある50代以上の女性
→自分もそうなりたい、と思いいつも見ているようだ。果たしてこんな風になれるのだろうか、と何十年も先の自分に思いを馳せる。

◆美術館の作品
→沢山みていると、全部が全部自分好みの作品や展示ばかりではないため、退屈に感じた時はどのようにして見ているかというと、基本一人の時は考え事に耽っているのでその背景画のような役割を果たしている事が多い。
美術館へ行くのは、好きだからをベースに、時間を過ごしに行っているようなものなのだ。
→他の鑑賞者を見て、どんな人なのだろうと想像する。一人で来ている人に対しては想像する事を楽しみ、複数人で来ている人に対してはそお会話の内容を盗み聞く事を楽しんでいる。
→美術館で時間を過ごす人はマイノリティーである筈だが、非常に沢山の人が訪れる。マイノリティーと世間から言われているその自分以外の人を見る事で自分を見ているのかもしれない。

◆能楽を見にきている人
→自分でもやっている人と、見るだけの人、私のような初級者は結構すぐに見分けがつく。全体的に退職後くらいの年齢層で9割を占める。それ以外の年齢層は女性が多い。(男性に比べ時間のある人が多いからだろう)若くから能楽を始めている人を見るととても羨む。
→能楽はなぜか観覧席が暗くない。そしてクリップになった鉛筆を番組表と供に渡される事が多いため、やはり「普及させたい」からだろう、メモる人に配慮して照明を落としていないのでないか?と思った。若しくは、照明などで舞台を意識上での区別をする必要がないとかなのかな。

◆大好きな美容部員さん
→いつもお世話になっている化粧品売り場のお気に入りの美容部員三名の女性(その三名以外には接客頂かないと決めている。嫌な客だ)が普段はどんな人なのだろうと想像する。
→もはや商品だけでなく接客を含めて購入している節がある。
→気になっているシミの対策を真剣に考えなければいけない。

◆おさかなくん
→おさかなくんは恋人はいるのだろうかと想像する。あの完全に個を隠蔽した見事なキャラクターはどこから生まれたのだろうと想像する。

◆孫をあやす母
→完全に子どもの不安を包み込む愛情表現(ちゃんと孫が満足しているかは知らないが、私は少なくともそれで育ってきたので間接的に私は隣で聞きながらほくほくになっている)
→自分もああできたらいいなとその表現技法に神経を集中させる日々

◆夜景
→単純に光の多さや密集した様を見て感動することと、光の多さに関わらず自分の状態で記憶に残るか残らないかによって感動も変わって来る事に気付いた。
→夜景を今後も楽しめる。

◆GPS携帯&電子マネー&ポイントサービス
→位置情報付き画像・記事が共有できるAPIサービスがある。私はGPS機能付携帯電話から記事を投稿している。もっとサクっと気軽に使えればいいのだが、位置情報取得する行程をどこかにまとめて欲しい。
→私が利用しているのはEdyとnanacoとモバイルSuica。ポイントやマイレージの管理が面倒な私。お客様番号とかパスワードの管理も本当に面倒。
→ETCマイレージ…車載器管理番号が必要なのだが、父の前の車に載せていた車載器なので管理番号が分からない。世の中には沢山マイレージとかポイントのお得なサービスがあるというのに、あまり活用できていない私。情けない。

◆距離と状況
→距離とか空間を認識する能力は遥かに男性の方が勝っていると実感する。
→認識、処理の仕方がまた男女で違いがあると実感する。
→状況に関しても認識の仕方、捉え方に男女で違いがだいぶあると実感する。
色んな意味で。

◆現実と幻想
→現実と幻想をどう結びつけるかが人によって違うので興味深い。それは位置情報とコンテンツをどう結びつけるか、というものと似ていて、その表現の仕方に個性を見る。
→人は見たいものしか見ない。
→風景画の奥の深さはそこにある。網膜が映し出すものを脳内で処理する際に既に振り分けが行われているので、記憶そのものの信憑性がいか程か考えると面白い。

◆写真と記憶
→写真を道標に記憶を辿る事がある。時間が経って来るとしかし写真からそれ異常の情報を呼び起こす事が出来なくなって来る。写真そのものが記憶となってしまう。
→記憶を辿れない写真がある。それは何の情報も持たない簡潔な平面の彩りだ。ある時にある場所で写されたその写真はその写されたという事実から離れ、完全に独立した存在となる。

以上
今日のところはこのくらいしか思い出せないためここで終わり
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いじわる
寝起き   0 0















 

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