スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
いじわる
スポンサー広告  

『メモリア-まなざしの軌跡』展|熊本市現代美術館
今日は熊本市現代美術館に行ってきました。
昼12時ちょっと過ぎに出発。
そして、15:20頃美術館近くの駐車場に到着。
やっぱりお昼は3時間はかかります。

1時間半程、ゆっくり展示を観ました。
1935年に開催された『新興熊本大博覧会』に関する展示から始まり
結構これで時間かけてしまい、疲れちゃったんですけど
意外に面白くて
新聞記事が一番ハマっちゃいましたね
前半の新聞なんか『大賑はひ』頻発
はひ
はひ
そのまま読んで心の中で笑っちゃいました
タイトルもワクワクする感じが良かったです
入場券のデザインも”特別”感が出ていて素敵でしたよ
こうでなくちゃ、と思いました。
看板などに使用されたフォントも、エネルギッシュでワクワクする感じ。

次の部屋では
写真の作品が並びます
チェン・ジエレンという写真家のようです
廃墟などを写した写真でした
書かれた紹介文のようなものの内容はとても面白かったのですが
写真は少しファッション写真のようなものが目立って、なんだか何を撮りたいのか分かりませんでした。
廃墟に人や家具を配置されていたのですけど、それがどう見ても、よく目にするファッション写真を想起させるからです。
ビジュアルがもたらす影響を考えると、少しコンセプトが伝わりにくくなって、私個人としては残念な写真でした。
廃墟となった大きなビルを正面から写したものは、好きだったんですけどね。
でも、やっぱりそれもちょっと弱いっていうか、普通って感じで感動はしませんでした。
その後の映像作品は、前にも見た記憶があるけれど、熊本市現代美術館で観たのかどうかは分かりません。ずーっと『ここで観たのだろうか、どこで観たのだろうか』と思い出そうと努力していたが、結局思い出す事はできなかった。

次の部屋では、ミュージアムや図書館を写した写真の作品が並んでいましたカンディダ・ヘーファー。
これはまた初めて目にする写真で、これはじっくり見てしまいました。
古い図書館を写したものなどがありましたが
もはや古い書物らはそれ自体が展示物のようになっていて、開かれることのない知の壁となって時を経ながら日々荘厳な空間を作り出す装飾になっているようでした。
圧巻の一言。
訪れてみたいと思いました。(どこの国のなんて図書館なのかとか全くの未確認だけど)

警察の制服で睡蓮?を作ったピーター・ローゼル。
熊本市現代美術館は、床が茶色のフローリングなので、床に展示するとモロに作品に影響するので難しそうだな、と思いました。
この作家の作品なんてなんだか作家の思惑とはおそらく無関係に可愛く見えてしまったし
丸い印象を受けますよね。なぜか。

イヴォンヌ・リー・シュルツという人の鏡の作品は、綺麗でしたが、コンセプトと作品の距離が遠くて、いまいち私にはよく分からない作品でした。
シャンデリアの影のような形の鏡が、赤い壁両側に(通路のように細い空間)貼られていました。
綺麗だったんですけど、それが一体何を意味するのかは、分かりませんでした。
でも、鏡の作品って、私は大好きです。どんな作品でも。

千々岩修という日本人作家の日本画っぽくない日本画がありました。
色がとても鮮やかで、透き通っていて綺麗でした。
こういう自由な絵画が描けるのは、本当に羨ましいです。
墨?だけで描かれた、前半の作品も素敵でした。
特に通路先の方を向いて、左手の壁に掛けられた、左から二番目か三番目の作品で
濃淡の激しい作品が一番好きでした。下の方が黒くて、上の方が淡いグレーで、色んな表情がある作品です。墨で描かれた作品はどれも官能的でしたよ。

色付きの木彫で、何気なく壁にすっと咲く花の作品で有名な須田悦弘さんの花は、今回二つ展示されていました。
小さくて、何気ないのに、存在感がありますね。
主張しないのに、存在感があるっていうの作品としては理想的です。
技術もさることながら、バランスが素晴らしいです。
空間の中で、『美しいもの』というものの存在感の強さというものがどういうものなのかっていうのを表しているように思えます。
それ自体がどういうつもりで存在しているかは知らないけれど、美しいものはひっそりとしていても、そして小さくても、それは私たちの目を惹くのだ、ということを思い起こさせてくれるというか。
『あ、見つけた』っていう歓びのようなものを思い出させてくれる作品ですね。

広い部屋に、砂で模様を盛り上がらせた作品のマリエッラ・モスラー。
こういう作品は好きです。
模様の重なり具合、一つ一つの模様の大きさのバランス、非常に女性的な配置の仕方であると感じました。
マリエッラという名前ですから女性でしょうか?
ただ、砂が山形に盛り上がっているのですが(逆くさび形で盛り上がっているというか)それ自体は非常に男性的な印象でしたね。
未確認飛行物体が信号でもって5秒で作ったんじゃないかっていうくらいに、機械的で、人の手で作られたとは思えないくらいの造形でした。
先程『女性的』という言葉を使いましたが、決して模様を平面に描いた事が女性的であると言っているのではないのです。確かに平面作品に模様を書く人は圧倒的に女性が多いと思いますが、何がとても女性的だと感じたかというと、『配置の仕方』なのです。
美術系の学校に通い、自分も絵を描いていたという人ならばおそらく共感してもらえると思いますが、なんと説明したら良いか分かりませんが、こういう配置の仕方は男性よりも圧倒的に女性が多いと思うのです。

土曜の、一番多い筈の時間帯でしたが、とっても人が少なかったです。
熊本市現代美術館は、だいたい人が少ないのですが(しかしホームギャラリー(本を読める場所)はいつも人が多いのですよ)この展覧会に於いてはどうだったのでしょうかね?
今回の展覧会のポスターというか、トップイメージが弱いですよね。デザインが。
顔ですから、もう少し強くした方がいいと思いましたけど、どうでしょう?
これでは全体的に薄い印象になってしまい、展覧会自体の記憶が曖昧になってしまいます。
パステルカラーに白抜きは、弱視の人にとっては読みづらいですし、薄いグレーも読みにくいです。
ということは、弱視でなくても、印象が弱くなりますよね。
確か『メモリア』というように、なんとなくぼんやりしたイメージにしたかったのは分かりますが
締めるところは締めなければ、機能を果たしませんよね。
ぼんやりした柔らかさの中にも、ピリっとしたもので画面を締めなければいけないと思います。
感覚の問題なので、決して文字の部分を強い色を使うという話ではないんですよね。
背景に使っていた写真でも、色の効いた部分を使う、とか画面全体でピリっとさせればいいだけの話で。
これは頭で理解して分かるものではないですし、飽くまで例として表現しているだけなんですけど。
制作者の性格が現れますから。勝手に想像してみましょう。
お人好し
長い物に巻かれる
ちょっと勝手に想像してみました。
とにかく、弱っ!と思いました。
作品がやんわり系が多いのかと思ったら、全然そんなことないし。
結局何が言いたいかと言いますと
あれのせいでもしかして入場者少なかったりして。と思ったのです。
実際知りませんけどね。入場者数気になりました。今回に限っては。
私自身、今回の展覧会は、サイト見て、『行こう』と思うまでだいぶ時間がかかったので。
(取り扱ってる作品の写真や作家を見て、やっと『行こう』と思った。)

次回は、アラーキーの個展でしたっけ。
イベントで、カラオケ大会するんでしょうかね?
母子の撮影があっていたようですが、その展示もきっとあるのでしょうね。

↓写真は記事と関係ありません。大阪海遊館にて。
水族館23
いじわる
寝たふり   0 0

thema:美術館・博物館 展示めぐり。 - genre:学問・文化・芸術
















 

http://sekitobamimick.blog91.fc2.com/tb.php/471-33cb2e21
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。